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就活無双の彼が、ベンチャー企業で新規事業リーダーを務めるまでの話。

現在BearTailにて新規事業「Dr.Travel」の事業リーダーを務めている阿部洸希氏。

慶應義塾大学経済学部を卒業し、就活では大手の商社や投資銀行から内定を複数獲得する、いわゆる「就活無双」状態だったという彼が、BearTailにて新規事業リーダーを務めるに至った背景を探っていく。


ー今日は阿部さんが現在の事業に携わるに至った背景を探るため、小さい頃から現在までの阿部さんの人生を一緒に振り返らせていただきますね。  

よろしくお願いします。

昔から好奇心は旺盛だった。

―小さい頃はどんなお子さんだったんですか?  

好奇心が強い子供でした。幼稚園生のころから母に与えられた「南総里見八犬伝」を読むために漢字を覚えたり、小2までに50までの2乗を暗記したりしていました。1つ何かを知れば、1つ見える世界も広がるというのをそのときに知り、それが高い好奇心のルーツになっています。

ずっと頑張ってきたサッカーを怪我で辞め、ストリートダンスの道へ。

―中学まではサッカーにかなり力を入れていたんですね。  

はい。ただ、中学の部活引退後に足首を痛めてしまい、サッカーをやめることになりました。 

―それはショックですね、、、  

そんな時に出会ったのが、ストリートダンスです。「これなら足を怪我していてもできる!」と感じ、始めたらすぐ、のめり込んでいきました。  

大学生になりストリートダンスサークルにも所属したのですが、練習よりも飲み会の頻度の方が高くて自分には合わないなと感じ、辞めました。代わりに、「バトル」という大会で出会った人の中で、自分が上手いなと思った人やマインドが合うと思った人に声をかけてチームを組み、ひたすら練習したり、たまに飲みに行ったりして過ごしました。自ら良いチームを作っていくこと自体が自分の性分に合っていました。

人生で最も辛い経験をしたカナダでの生活。    「あの時に比べたら余裕」と思える度胸が身についた。

ー大学生活はストリートダンス一色ですか?  

そうですね。大学内の大会では優勝しました。けれど、その時にダンス友達が世界大会に出場したと聞き、「井の中の蛙だなあ」と思いました。それで、海外で勝負したい!と思いカナダのトロントに渡りました。実は当時、英語は極めて苦手でした。

ーすごい行動力ですね。カナダではどのように生活されていたんですか?  

とりあえずブレイクダンサーと知り合いたかったので、住んでいたシェアハウスの近くの大学を回って、学生に「ブレイクダンサー知りませんか?」と声をかけました。2校目で無事ブレイクダンサーに出会うことができ、トロントのブレイクダンサーコミュニティに入れてもらいました。ブレイクダンサーはすぐ仲間に入れてくれるたちなので。ここでもマインドの合う人たちとのチームで一緒に練習してすごしました。

ー海外でも順調ですね!苦労したこととかなかったんですか?  

今では笑い話ですが、カジノで大負けをしてしまって、生活費のほとんどを失ってしまいました。そこから生活費を稼ぐためレストランで働き始めましたが、人種差別がひどく、ぞんざいな扱いを受けました。さらにトロントの冬は-20度にもなるのに、シェアハウスは防寒が不十分で非常に寒い。そもそもシェアハウスの家賃もまともに払えず、服も食べるものもなくてパスタに醤油かけて食べたり、、、と、とにかく辛い生活を送りました。でも、耐えないと生死にかかわるので、諦めるという選択肢はありませんでした。そのときの生活があるからこそ、今でも大変なことはありますが「あの時に比べたら余裕だな」と思えるようになりました。

帰国後、「経営者になりたい」という夢の実現にむけて順調に進んだ就職活動の中で抱えていた違和感。  Beartailとの出会いで、目標が「起業家」に変わった。

ー帰国後は就職活動をされたんですか?  

はい。もともと大企業の経営者だった叔父の影響で、将来経営者になりたいとは考えていました。その道筋として考えていたコンサルや投資銀行、総合商社などの大企業と呼ばれるところの何社からは内定をいただいていました。しかし、内定先の社員の方々とお話したときに、年功序列体制や従来の価値観に固執する態度など、どこか古臭さを感じたりして、賛同しきれない部分もあって。  

そんな時、内定先の人事の勧めでビズリーチの南社長の講演に行き、「投資銀行時代に学んだことで、今経営者として活きていることはありますか?」と質問しました。南さんはぼくの質問に対し、「ない。もし君が本当に経営をしたいと思っているならば、今すぐにやるべき。遠回りをするべきではない」と答えました。それを聞いて、「商社に入っても子会社の経営を任されるのは早くても40代だ、それでは時間がもったいない」と感じて内定は辞退し、実際に自分でストリートダンスとビジネス講座の事業を始めました。その時に、「プロダクトが作れないと事業が前に進まない。イメージをカタチにする技術が欲しい」と強く感じ、自分でプロダクトを創ることのできるエンジニアになりたいと思うようになりました。  

黒崎さんと出会ったのはこのときです。彼と話していた時に、高校時代からIT系のテクニカルライターとして記事を執筆し、大学3年の時には起業していたという彼の経歴や、新しいものを次々と取り入れていく姿勢に対して「時代の最先端を走る事ができる人だ」と感じました。ぼくがずっと憧れていのは、自分の叔父のような、上流から上手く人を指揮して事業を回していくという「経営者」でした。しかし、黒崎さんと話すうちに自分自身が最前線で駒となって動く「起業家」としてのスタンスに惹かれ、「経営者になりたい」という夢が、「起業家になりたい」へと変わりました。

新しいものへの感度が抜群な環境に、「ここにいたら最先端にいられる」と感じ、入社を決意。

ー黒崎さんに出会ってから、入社を決意するに至った決め手を教えてください。

3つあります。1つ目が、前述のような黒崎さんの魅力です。  2つ目が、エンジニアになりたいという想いとポストが合致していたこと。  3つ目が、出張手配の事業自体に魅力を感じたからです。国内の新幹線や航空券は手配方法が独特で海外の競合企業が入ってきにくい。そのうえ未だにレガシーな出張手配が主流なので、「新しいことを試すことができる」という市場的魅力があるんですね。加えて、BearTailの持つ「Dr.経費精算」、資金力、機動性、技術力、そういったものが活かせるからこそ、BearTailでやる意味が明確にあったのです。以上3つの理由が揃い、BearTailへの入社を決めました。

野望を持って諦めずに取り組み続ける資質を持つ人と、価値があると信じるサービスで旧勢力を駆逐していきたい。

ー今後の目標などはありますか?  

前述のように、今携わっている「Dr.Travel」には事業的な価値があると思っています。その仮説を市場で検証して、他の古臭いサービスを圧倒していきたいですね。具体的には、1年目でこの事業を黒字化に持っていくのが目標です。  

BearTailは、常に時代の先を読み、良いと思ったものはすぐ使ってみる。「今使うべきものは何か」を見極める視点をもっている会社です。その1事業である「Dr.Travel」が勝負することになるBTM市場には、これまでに無い新しい仕組みを創っていくことのできる土壌があります。 もちろん、ゼロから創り上げていく作業なので、うまくいかないタイミングは必ずやってきます。しかし、やり遂げた時には革新的な価値を提供し、業界トップのシェアを獲得できる可能性を持つ事業だと考えています。    

そのために、一緒に働く仲間はとても重要だと思っていますし、技術的な面での指導や改善点の指摘、その他フィードバックなど、「仲間のためになると感じたおせっかい」はいくらでもします。野望のために諦めずに努力していける人と一緒に、出張手配業界のトップを本気で狙いにいきたいですね。

ーありがとうございました!

淡々と、しかし熱を帯びた口調で話す阿部さんからは、事業や仲間への静かな熱意と自身で設定した夢に向かっていく力強さを感じた。


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