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【メンバー紹介 vol.6】「僕の仕事は設計すること」組織として初のチャレンジを主導するWebマーケターの話。

こんにちは!クロス・コミュニケーション人事の工藤です。

「どんな人がいるの?みんなどんなテンションなの?」といった情報がいくらぐぐっても出てこないことで有名な当社(?)、これは由々しき事態!ということではじまった【メンバー紹介】企画。そろそろ・・・どんなメンバーがいる会社か、見えて来ましたでしょうか?続く第6弾は、クロス・コミュニケーションで新たに始動したWebマーケティングのスキーム作りを主導する川村さんのインタビューです。

実はクロス・コミュニケーションでマーケティングのプロがメンバー入りするのは、川村さんが初めてのことです。エンジニアでも、ディレクターでも、デザイナーでもない。マーケティングを武器にしたプレイヤー、そしてマネージャーとして4社を渡り歩き、誰もが知るビッグタイトルに関わったこともある川村さん。これまで話を聞く機会がなかったマーケティングの世界のお話、私も終始大興奮の内容でした!いつになく長編になってしまいましたが、どうぞ最後までお楽しみください。

今日はどうぞよろしくお願いいたします!入社されて4か月、組織としても新たなこころみにチャレンジしようとしている今、キーマン川村さんに根掘り葉掘りうかがいたいと思います!

出た、根掘り葉掘り(笑)。こちらこそよろしくお願いいたします。

まずは恒例なので・・・軽く生い立ちから教えていただけますか?

はい。生まれは函館で、育ったのはその隣町です。おじいさんが趣味でやってたのがきっかけで、小学校から将棋をやっていました。そのうち街の道場にも通い出して、中学校くらいで2段を取って。北海道の大会に出たり、高校の時は団体戦で北海道3位を取りました。この時将棋部では部長をやってたんですけど、実は高校ではハンドボールもやってました。

え!何でまた?

部員少ないからすぐレギュラーになれるな、って打算もあり(笑)。部員がギリギリの人数なのですぐレギュラーにはなれましたげど、本当にギリギリなので剥離骨折しながら試合に出るっていう荒技もありました。高校の時は昼の休み時間は将棋指して、夕方以降はハンドボールって生活で。あと、部活じゃないですけど中高生の時は友達とギター片手に路上で弾き語りをたまにしてました。

東京に来たのは大学からですか?

そうです。大学でもまた将棋部に入って、ちょこちょこやりながらもバンドサークル掛け持ちしてました。この時はスピッツとか、海外のバンドコピーしたりしてましたね。

川村さんって、就活はどんな感じだったんですか?

インターネットを一つ軸にして活動してました。当時mixiをはじめとするSNSがすごい流行り出した時期で、自分でも学生時代サッカーのコミュニティ作ったりしてまして。一番mixi内で盛り上がるコミュニティを作ってやろうと思って、めちゃめちゃ小まめに更新したり、誰も知らないような海外の記事を翻訳してアップしたりやってるうちに、最大規模に成長しました。

ちょっと・・・すごくないですか?

めちゃめちゃ頑張って、最大で5万人規模になりましたね。で、それだと飽き足らず、今度は規模じゃなくて「中身の濃い〜コミュニティを作ろう!」と思って、濃いファンだけを集めた玄人会を作りまして。そこでは何十人かのオフ会開催したりしてました。そこで出会った人たちが結婚したのを見て、「あ、インターネットを通じて人を幸せにできるんだ」て感じたんですよ。自分がインターネットを使ってコミュニティを作らなければ、彼らは出会うことも結婚することもなかった。その時インターネットの力をすごい感じました。だからそういったことをどんどん実現していけるように、インターネットを使ってマーケティングやプロモーションとかに関わる仕事をしたいと思ったんです。その体験からくる思いは今でも変わりません。



インターネットの力や可能性をリアルに体感した原体験ですね。新卒で入られた会社ではどんなことをされたんですか?

1社目は、ネット金融系のホールディングスで、堅い会社でした。そこに新卒2期生として入社して、最初は保険の見積もり比較サイトの法人営業をやりました。商品をどうやって宣伝するかってのもあって、広告やバナーどうする?みたいなこともやっていました。1年半くらいかな。その後グループ内で異動できるシステムを利用して、当時いわゆるソシャゲーが出始めた頃だったんですけど、所属会社が出資してたゲームの会社にほぼ常駐って形で出向しました。そこでは事業を作っていくプロデューサー役と、社外取締役を兼務してました。ソシャゲーを一から作りつつ、会社の経営や成長に寄与するようなことも考えて、事業目線と経営目線両方でやってました。

当時まだバリバリ若手ですよね。すごい良い環境だなって感じるんですけど、転職を考えられたのはなぜですか?

当時ソシャゲーってシンプルなものだったんですけど、ちょうどスマホが出始めた時に、もっと家庭用ゲーム機みたいないろんな機能がついたものが主流になるんだろうなと思っていて。そのフィールドで大きく勝負したいなと思ったんですよね。そんなタイミングでたまたま知り合いから「スマホゲームの部門を分社化するフェーズだから手伝わない?」って誘われて、これはチャンスだと思って2社目に飛び込みました。急にエンタメ業界で、それまでスーツ着てたのにいきなり私服勤務の世界に。

ギャップ!(笑)2社目ではどんな仕事をされてたんですか?

入社して最初は、これからスマホゲーム事業をやっていくにあたりお客さんを集めるシステムが必要だってことで、それを開発する部署に入ったんです。僕はサービスデザインを担当していて、アプリ間でユーザーを送り合う仕組みを作りました。集客の仕組みがまずあって、アプリAからアプリBまでどのくらいユーザーの流入があるか・・・とかを設計して。スマホのビジネスをやる上での戦略は、そこで学んだって感じです。

事業の立ち上げを推し進めるって、かなりチャレンジですよね?

そうですね。僕自身もチャレンジの連続で、実はマーケティングも一からここで勉強したんです。ユーザーをアプリ間で送り合って集客する仕組みができた。次はじゃあゲームを作って売ってビジネスにしていこうっていう時に、ゲーム作る人はいっぱいいるから君はマーケをやってと言われまして。テレビCM企画してそれでお客さんどんどん集めたり、ゲームで遊んでくれるお客さんを軸に秋葉原でリアルイベント企画したりもしました。ゲストとか招いて、そこでゲームに関する重要な情報発表して、ニコニコやYoutubeでコンテンツ発表して・・・Web広告、SNS施策、屋外広告など、スマートフォンゲームに関わることはオンライン・オフライン関係なく全部やっていました。ユーザーアンケートをもとにしたゲームへの反映なんかもやりました。

こちらの環境も、チャレンジングではあるものの、すごい面白そうですよね。

そうですね。マーケをやるのも初めてだったし、「飛び抜けた面白いことをやってお客さんを楽しませよう」という社風の中で、それを体現している先輩たちの話が聞けたのはすごい面白かったです。

そんな環境から次の会社に移られたのはなぜですか?

当時社内で売り上げNo.1タイトルのマーケ責任者などもやらせてもらったんですが、よりもっと大きな規模でやってみたいって思ったのと、当時31歳くらいだったのでマネジメントもやってみたいと思っていまして。そんなタイミングで、たまたま国内トップ3に入るくらいのタイトルを持ってる会社から「マーケティングの部隊を立ち上げるので興味あるか」という話になり、転職しました。

それはまた良いタイミングで、またチャンスが巡って来た感じですよね。川村さんはあれですね、よーし転職するぞ!!みたいな形での転職ってされてないんですよね。

明確に「この会社に行くぞ!」みたいな転職はこれまでありませんでしたね。幸いにもお声がかかって、てのが多いですね。

誘われて転職した3社目の会社では、どんなことをされていましたか?

ここではマネジメントをやってました。1年間、部下を5名くらい抱えて、マーケ部隊を立ち上げました。マネジメントやりつつも、その会社で持ってた日本でも有数の大きなタイトルのマーケ責任者もやらせてもらっていたので、スマホゲーム界における数字の跳ね返りという意味ではおそらく、極限を見たと思いました。とにかくタイトルがでかいのでそれはもう楽しかったですけど、その分めちゃめちゃ大変でした。会社も大きくなって、入社したとき50人くらいだった会社が、気づけば150人とかになっていて。1年で自分の中で達成感みたいなものが出ちゃったんです。マネジメントって面白いなと気づいたタイミングでもあり、当時は5人くらいだったので全員の仕事を見られる範囲だったんですけど、もっともっと俯瞰して見られるスキルが自分にあれば良いのにな、と思うようになってました。

そのタイミングでまたオファー・・・ですよね?

そうです。次の会社では、マーケティングの部長クラスもいないし、マネージャーも足りないって状況で呼ばれました。最大40名ほど部下がいましたが、今度はタイトルには部下を適切にアサインして、自分は責任を取るって形のマネジメントをやりました。いわゆる「任せるマネジメント」ですね。ただそこで気づいたのは、任せきりだと失敗するということ。ちゃんとボトムアップで情報が上がってくる仕組み作りが何よりも大事で、それができるような仕組みを考えました。そもそもマーケティングの部門なので、マーケターとしてメンバーをどう育成するかみたいなプログラムも自分で作って、自分で責任者になって講義なんかもして。そんな4社目でした。

従業員という立場ではここまでの4社ですが、この後経営側もご経験されたんですよね?

そうです。マネジメントもやったので、じゃあこれがゲーム以外の世界だとどうなるんだろう?て思って、CMOという形でスタートアップに。そこではもう・・・スタートアップの大変さを学びましたよね(笑)。



なるほどです(笑)。クロス・コミュニケーションの選考を受けたときって、いかがでしたか?

代表の富永さんと、現場メンバーと、合計3名の方とお会いした選考でしたが、この3人の向いてるベクトルがしっかり一緒で課題感も共通していて。3人に会ったから決めた、という感じです。あとクレドにも入っている「本質を見極めて」というのが、自分も社会人になってから本質を大切にし続けて来たので、そこに共感を覚えました。やらせてもらえることとしても、大きい課題にチャレンジしたいというのがずっとあって。代表自らが「なかなか難しい」と言っている新しい試みにチャレンジできるポジションだったので、これは面白そうだと思いました。

これからどんな働きをしていきたいですか?

小さい頃から、夢が「設計技師」だったんです。何かが完成した時のイメージを持ちながら、設計図を描いたりすることが昔から好きで、こんな感じになるというアウトプットを意識して図を描いたりしていました。これまで複数の場面でマーケティングの仕事をやって来て、マーケの仕事ってそれこそ「設計技師」だなって思っています。お客さんに楽しんでもらったりするために、マーケをツールとして全体をデザインしている。僕がマーケの設計をちゃんとしなければ、お客さんに楽しいものがきちんと届かない。マーケティングって「売れる仕組み」を設計することで、toCでもtoBでもこれは同じことです。でもマーケの中でもやることは様々で、僕はプランニングとかプロモーションがどちらかといえば得意な人間です。ですからその得意を、今度はいろんな業務の中でうまく行っていないところを改善する仕事にも活かせたらと思っています。サービスの質を改善するために、PDCAを回していくための業務のスキームをどんどん作っていく。それを作って社内でノウハウを共有していくとか、マーケに留まらない「改善屋さん」みたいな働きができればと思っています。

そこを専門にやっているメンバーってこれまでいなかったので、ぜひ川村さんのこれまでのご経験を活かして、クロス・コミュニケーションの次のフェーズを作って行ってください!本日はどうもありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?川村さんの「オファーを受けて、誘われて次のステップへ移っていく」というスタイルは、これからどんどん増えていく転職パターンなのかもしれませんね。そしてマーケティングのお話は本当に面白くてニーズが高いテーマだと思うので、これまた別の機会にがっつり特集を組みたいな・・・なんて思っています。(川村さん、その時はまたよろしくお願いいたします!)

ベンチャーというフェーズの組織では、より一層個人一人ひとりの力や個性が発揮されることが必要とされるため「ここでの自分の役割はなんだろう?」という思いを常に持つことが大切です。そしてそれが実践できているかをいつも問い続ける毎日ですよね。ここまでお読みいただいたあなたの「自分の役割」はなんですか?

クロス・コミュニケーションでは、組織をいっしょに次のフェーズに推し進めてくれる仲間を求めています。気になるポジションがありましたら、ぜひお気軽に「話を聞きに行きたい」ボタンを押してくださいね!

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