ユリシーズ創業ストーリー「俺たちは"温度教"の信者だった」「現場や顧客への理解が深まれば深まるほど悩みが増えていく」 対談インタビュー

こんにちは!ユリシーズ株式会社 採用担当インターンの堀です!

今回の記事では、先日の資金調達発表・KAMINASHI β版リリースにかこつけて、ここに辿り着くまでのユリシーズとKAMINASHIのストーリーをお届けします。

諸岡さんと三宅さん(以下「塾長」)、創業メンバーのふたりに対談形式のインタビューを行いました。


登場人物:


諸岡 裕人 : ユリシーズ株式会社。前職の機内食メーカーでの経験から、食品工場の現場の改善を志す。



三宅 裕 : ユリシーズ株式会社CPO。通称「塾長」。創業初期にユリシーズにジョインし、現在は主にプロダクトの管理を担当。


「"温度教"の教祖と信者だった」

-早速なんですが、個人的に気になっているところから。前回のふたりの対談で、一度は当初の食品工場向けSaaSからピボットをしたと言っていました。そこからまたKAMINASHIの開発に戻るまでの過程を教えてください。


諸岡 : その話をするなら、創業のころまで振り返る必要があるね。まず、俺が起業する時の知見って、「温度管理の記録をIT化すれば現場から紙なくなるよね」だけだった。温度計で計ったデータを保存する、というのが機能の全てだった。食品工場で温度管理をしていないところはないだろうし、前職の経験から、温度にフォーカスすれば現場のペインを解決できると信じていた。


塾長 : そして、その信心に俺も感化された(笑) 当初は食品工場の現場のことが何も分かっていなかったから、「食品工場で働いていた人が言ってるならそうなんだろう!」って思ったんだよね。「あ、温度なんや!」って(笑)


諸岡 : "温度教"の教祖と、記念すべき信者第1号(笑)


塾長 : 今振り返ってみると、全然そんなことはなかったんですけどね。他にも必要な機能は山ほどあった。当時は、とにかく現場のことを知らなさすぎましたね。でも、諸岡さん自身も完全に信じ切っていたから、もの凄く説得力があった。


諸岡 : そんな状態で、塾長がジョインした2016年の末にプロダクトがスタートした。テストができるようになる段階になるまではかなり早かったね。塾長がコードを書いて、ハードは3Dプリンターを使って作った。それで、初めてのテストが2017年の2月?


塾長 : それくらいですね。


                    第一号の試作機


-テストの感触はどうだったんですか?


諸岡 : まぁ、大失敗だよね(笑) その時はQRコードを使うシステムになっていたんだよ。作業者が自分のQRコードを読み取って、端末に付いている温度計で食品の温度を計って…誰がいつ、どのタイミングで食品の温度を計測したかを紐付けるような仕組み。


塾長 : そして、それがめちゃくちゃ使いづらかった。


諸岡 : テストの最終日に、ある作業者の方たちが、「◯◯さん!ついに終わりましたね!」「明日からは使わないで済む〜!」って泣きながら抱き合うような代物だった(笑) そのテストのあとに──これは前回の対談でも話していたけど──大手の食品工場にプレゼンをしに行った。そこでは、「あ、うちは温度管理は自動なので、それはいらないですね」と門前払い。ここでようやくピボットの話になるんだけど、プレゼンの帰りに居酒屋で話し合って、その工場で欲しいと言われたコミュニケーションツールの開発を始めることになった。


-もともと塾長は食品工場の温度管理サービスを作っていくつもりでジョインしたと思うんですが、その時の心境はどのようなものだったんですか?


塾長 : 売れる=誰かの役に立つプロダクトを作ることが目標だったから、受け入れられないのなら食品工場にこだわる必要は特にないと思ったかな。そもそも、俺はその時点では、「この工場は顧客じゃなかったんだなー」程度にしか考えていなかったんだけどね。諸岡さんのピボットに対する意志が固かったから、じゃあ、やろうと。ただ、中途半端になるのは嫌だったから、「KAMINASHI続けるんですか?捨てるんですか?」っていうのはしっかりと諸岡さんに確認した。


諸岡 : 結果的には、別にコードを全部捨てたりする必要は無いんじゃないかなということで、KAMINASHIの方は開発を中断して一旦寝かせておくことになったね。それで、コミュニケーションツール「Issue」を作り始めた。


塾長 : で、結局「Issue」も大ハズレでしたね。従業員が現場の課題を投稿して、責任者や意思決定者に汲み上げていくツールだったんだけど、そもそもスタート地点からズレていた。


諸岡 : 現場の人たちは、「連絡手段なら、自分たちはメールを使いたいです」っていうんだよね。わざわざ課題を投稿して責任を負うのは嫌だ、っていう人がほとんどだった。




迷走。「落とし物管理サービス」に辿り着く

諸岡 : 「Issue」の失敗を経て、そのあとは落とし物管理サービスを作ろうとしていたんだよね。


-落とし物管理…ですか?


諸岡 : 俺の家業でホテルの清掃なんかもやっていたんだけど、お客さんがいなくなったあとに部屋になにか残っていたら、どんなものであっても落とし物として管理しないといけない。例えば飲みかけのジュースとかでも。そして、その管理にかかるコストがめちゃくちゃ大きい。それを削減するために、落とし物を施設側が処分できるサービスを作ろうとしてたんだよね。遺失物処分に関する法律にかこつけて。


塾長 : 検証するために、わざと落とし物をしたりしてましたね(笑)


諸岡 : そうそう、いらない本を置いてきたりして(笑)


-もう答えはなんとなくわかるんですが、そのサービスはどうなったんですか?


諸岡 : KAMINASHIの話で繋がりがあった投資家の人に「落とし物に関するこんな問題があって、こんなサービスを…」みたいな長文のメッセージを送ってプレゼンしたら、ただ一言、「ほう、それは面白そうですね」とだけ返ってきた。その時に全てを悟ったよね(笑)


塾長 : あの頃は完全に迷走していましたね。


「必要とされているなら、やるしかない」

塾長 : それで、5月のカンファレンスですよね。


諸岡 : そうそう。航空機内食業界のカンファレンスがあって、そこにKAMINASHIを持っていった。その頃はもう自信を完全に失っていたし、正直「申し込んでいたからとりあえず参加しておくか」くらいの気持ちだったんだけどね。


塾長 : カンファレンスから帰ってきたときの諸岡さんは凄かったですね。ものすごくキラキラしていた(笑)


諸岡 : 機内食メーカーの現場での経験からプロダクトがスタートしているからか、機内食業界には大ウケだったんだよね。その場でたくさんの人に声をかけてもらって、自分が構想していたものが必要とされていると確信できた。そこがKAMINASHIに戻ってきたタイミングだったね。必要とされていて、俺たち以外にやる人が居なくて、それならもうやるしかないよね。


                当時のハードウェア、試作品2号


"易きに流れ"そうになり、2度目のピボット寸前へ


-そこから今日(こんにち)のリリースに至るまでは一直線だったんですか?


諸岡 : いや、実は…そういう訳ではないんだよね。そこから半年経った12月ごろに、新しいプロダクトを立ち上げる流れが、社内で出てきた。食品衛生の監査で使われているチェックシートを、紙媒体からデジタルに変える、というサービスを作ることが社内で決まりかけていたんだよね。11月にはエンジニアふたりがジョインしていたけど、ふたりとも賛成していたし。


塾長 : あれはまさに、易きに流れるという感じでしたね。"やる理由"を見つけて始めたKAMINASHIの開発だけど、続けていくうちに、"やられてこなかった理由"が見えてきた。現場や顧客への理解が深まれば深まるほど、なぜ誰も食品工場のIT化に手をつけてこなかったのかがわかってしまう。工場ごとに求めている機能も違うし、KAMINASHIを工場に導入する難しさがリアルに浮かび上がってきたんですよね。


諸岡 : ある工場からはウケが良くても、同じ業種の別の工場からはいい感触が得られなかったりする。そんなこともあって、食品工場×ITって、実はめちゃくちゃ市場が小さいんじゃないか?と不安になっていた時期だった。その点、食品衛生監査は、事業所の数や監査の回数という明確な数字がある。スケーラビリティについては常に不安を感じていたから、数字があることはとにかく魅力的だった。塾長の言う通り、本当に易きに流れるってやつだね。


-プロダクトは進んでいるのに、悩みはむしろ増えていった。


諸岡 : 前例のないプロダクトだから、出会うまで気付かないような悩みがたくさんあった。ポール・グレアム*1が、「スタートアップではスケールしないことをしろ(Do Things that Don't Scale)」って言っているんだよね。最初のうちは、外回りをして顧客を獲得して、とにかく話を聞いてプロダクトをいいものにするべきだと。それを指標にしてプロダクトを進めていたんだけど、「今やっていることは正しいことなのか?」「このまま続けていて先があるのか?」という疑問はどうしても付きまとうよね。


*1 プログラマー・ベンチャーキャピタリスト。Y Combinatorの設立者の一人。


これだけ喜ばれるならもう失敗してもいい


-かなり紆余曲折があったんですね…。 それでも結局KAMINASHI一本に集中して進めていくことになったのには、なにかきっかけがあったのでしょうか?


諸岡 : うん。次の転機は2018年1月の、使いたいと言ってくれた工場にKAMINASHIを導入したタイミングかな。俺たちが迷っていても、顧客を待たせる訳にはいかないから、サービスを提供した上での反応を見て最終決定しようと考えていた。結果、そこでの反応が素晴らしくよかったんだよね。最高と言ってもいいくらいだった。それがきっかけだったね。


塾長 : 導入した現場の管理者の方が、従業員の方々に向けたKAMINASHIの説明会の様子を教えてくれたり、導入後の経過を仔細に報告してくれた。現場がどう変わったかについて、とにかく熱心にフィードバックしてもらえたんですよね。


諸岡 : そのあと現場を見せてもらって、作ってきたプロダクトへの自信が付いたのはもちろん、「これだけ喜んでもらえるなら、もう失敗してもいいや」と思えた。帰りの空港のベンチで、俺と塾長2人でしばらく話し合って、結局KAMINASHI一本に集中していくことになったんだよね。そんなこんなで今に至るんだけど、もらえる問い合わせの数も増えてきたし、何より今まで得た知見からイメージしたものを作れば勝てるという確信を持てている。あとは走り続けるだけだね。


トップがブレーキを踏む必要はない


-なるほど…。 少し話が戻ってしまいますが、それまで二人三脚でやってきた中、2017年の11月にエンジニアふたりがジョインしました。それによってどんな変化がありましたか?


塾長 : 諸岡さんはビジネスサイドを担当していたから、俺が諸岡さんとエンジニアチームの橋渡し役になる必要があるというのは強く思った。諸岡さんが立てた仮説を検証したり、掲げたビジョンをプロダクトに落とし込むのは俺の仕事だから。エンジニアのふたりに「これを作って欲しい」と言う時に、なにを作るのか/なんのためにそれを作るのか/それを作るとどうなるのか、を明確にしておかないといけない。そうしないと、いい仕事をしてもらえないんだよね。確信を持って、楽しくコードを書いてもらえない。


諸岡 : そのあたり、塾長と俺とでうまく役割分担ができているなと思うよね。俺が直接エンジニアに「こうしてほしい」と伝えるのはやっぱりよくない。


塾長 : 諸岡さんには、投資家や顧客の方々にストーリーやビジョンを見せる役割がありますから。俺はトップがブレーキを踏む必要はないと思っていて。一番最初に喫茶店で会った時、諸岡さんのプレゼンが俺に刺さったのは、諸岡さん自身が強く信じ込んでいたから。現実的なことを考えるのは俺だけでよくて、諸岡さんにはもっと先のことを考えていてもらいたい。



-ユリシーズの沿革がよくわかりました。 それでは最後に、これからどんな方にユリシーズに来てほしいかを教えてください。


諸岡 : 0から1を生み出すのが好きな人! 何か野望を持っていて、それをユリシーズで叶えられる人がいいね。


塾長 : エンジニアでいうと、「プロダクトで世界を変えたい」と思っている人。ただコードを書くだけではなくて、自分の手で何かを変える意識を持っている人に来てほしい。

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