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【社員インタビューVol.6】フリーカメラマンだった僕がネイキッドを選んだ理由と、いまあえて組織で働く意味について振り返ってみた

社員インタビュー第6弾は、フリーカメラマン出身の船本賢悟さん。専門学校を卒業してすぐフリーになった彼が「組織で働く」という生き方と、「ネイキッド」という場所を選んだストーリーを伺いました。

自分がやりたいことをやろうと決めた、高校時代


船本さんは映画の専門学校出身とのことですが、進路を決めたきっかけはなんだったんでしょうか。

高校は進学校、しかも理数系のクラスだったので、クラスメイトはみんな「大学進学を目指すのが当然」という雰囲気でした。ところが、自分は大学でやりたいことが特になかったんです。「とりあえず大学に行っておこう」というのも嫌だったので、進学する意味が見出せずにいて、「じゃあ自分は何がやりたいんだろう?」と思ったときに浮かんできたのが「映画かな?」という想いでした。

・以前から映画には興味があったのでしょうか。

映画に限らず、写真だったり絵画だったり漫画だったり、「絵」にまつわるもの、ビジュアル的なものが子供の頃から好きでした。高校時代も暇さえあれば映画ばかり観ているような映画オタクだったので、学校で浮いていたと思います。単純に、「自分が面白いと思えることをやりたい、すごいことをやりたい」という気持ちがあったので、好きなこと=映画を作ろう、と思いました。そうして映画の作り方を学ぶため、地元の高校を卒業してすぐ上京して、映画の専門学校に進学しました。


未経験での「フリーカメラマン」宣言


・専門学校では、どんな勉強をされたんですか。

映画・映像学科の映画監督コースで、映画を作るための基礎知識を一通り勉強しました。その中で、「映画監督ではなくてカメラマンになりたい」と思うようになったんですね。ただ、学校はあくまで映画監督コースだったので撮影技術に特化したカリキュラムでもないし、実技もない。結局、カメラマンとしての技術がないまま、卒業を迎えてしまいました。

・では、卒業後に就職活動をされたんでしょうか。

いわゆる就活は一切せず、いきなり「フリーでカメラマンをやります」という宣言だけをしました。とはいえスキルも経験もなかったので、「これはもうひたすら現場に行って勉強するしかないな」と。その専門学校は僕らが卒業一期生でOBOGのツテもなかったので、映画を作っている友人やその繋がりを伝いながら、とにかく現場に呼んでもらいました。

・船本さんの「現場スキル」はそういった経験で培われたんですね。現場では、実際にどんな仕事をしていましたか。

当たり前ですが、現場に行ってもいきなり撮影の仕事は振ってもらえません。アルバイトで生計を立てつつ、制作や演出のアシスタントとして現場に行くチャンスを増やして、撮影スタッフがどんなことをしているかをひたすら観察しました。僕がいま持っているカメラマンの基礎は誰かに習ったものではなく、現場で仕事のやり方や技術を必死に盗みながら身につけて行ったものです。

それから、現場では「カメラマンをやりたい」「撮影をやりたい」というのをことあるごとに周囲に売り込んで行きましたね。そうして繋がった人たちから、少しずつカメラマンとして呼んでもらう機会が増えて行きました。専門学校を卒業してから4年くらいは、そうして呼んでもらった仕事を着実に次に繋げるを繰り返して仕事をもらっていました。


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そして、ネイキッドとの出会い

・そうしてカメラマンとしてのキャリアを積んでいかれたと思うのですが、ネイキッドとの繋がりはどういうきっかけだったんでしょうか。

僕はツテも経験もなく自分の繋がりだけで仕事をしていたので、だんだん仕事の規模も質も数も頭打ちになってきて、「進化しないなぁ」と思い始めました。そんなとき、知人から「ネイキッドでカメラマンを探しているよ」と紹介されたんです。「面白そうな会社だな」とは思ったんですが、当時の僕は組織に属する気はなかったので、しばらくはフリーのまま業務委託という形態でネイキッドの仕事を受けていました。

・そこからネイキッドの一員になったというのは、どういった心境の変化があったのですか。

当時、自分がやっていた仕事というのは音楽系の撮影が多く、もともとやりたかった映画作りにはほとんど関われていませんでした。「やっぱり映画に関わる仕事をしたい」と思いながらも、その一方では「映画専門ということではなく、いろんな仕事をやれた方がいい」とも思っていたんです。その点、ネイキッドはもともと映画作りからスタートした会社。ルーツは映画にありつつも映画以外のことにもどんどんチャレンジしているこの会社なら、自分のやりたいことができるかもしれないと思いました。

・実際に入社してみてどうでしたか?

それまでは、知識にしろ技術にしろ独学で周りを見て勝手に学ぶというスタイルだったので、技術のベースから教えてもらえるというのは新鮮でしたし、勉強にもなりました。さらに、それまでやっていた自分の仕事の延長では全く関われなかったことであろう人たちと一緒に仕事ができたのも刺激的でしたね。そういう人たちと仕事をすると、未知の技術やノウハウを学べる。仕事を本気でやること、自分たちがやっていることを全うすること以上のインプットはないと思っています。

天空の楽園 Winter Night Tour 2017施工現場での一コマ

個の時代に、あえて組織にいる意味とは

フリーではなく、組織だからこそできることというのはどういうところだと思いますか。

まずは仕事の規模だと思います。フリーの頃にやっていたのは、誰かのアシスタントとしての仕事か、自分一人でやり切れる仕事だけだったので、あまり大きい仕事は無かったんです。でも会社のような組織体だと、一人ではできないような大きなこともできますよね。あとは、「(点と点ではなく)線として物事を考えること」「中長期的な視点を持つこと」でしょうか。フリーの時は、一つ一つの仕事を単発で考えていれば良かったし、仕事がある日のことだけ考えていれば良かったので、ここは大きな違いでしたね。

・ネイキッドに入ってから、思い入れのある仕事はありますか。

映画「ふるさとがえり」です。僕が初めて主要スタッフとして商業映画に関わった作品だったというもありますし、その映画の作りかたそのものが特殊だったというのもあります。この映画は僕らのようなプロのスタッフだけではなく、地域の方や大学生のボランティアスタッフなど、それぞれいろんな想いを持った異なる立場の人たちと一緒に作りました。「いろんな人が一つの作品を作る」という面白みを感じられた作品だったと思います。

・ネイキッドはいま「映画」から「空間演出」の仕事に大きくシフトしていますが、この点についてはどう思いますか。

昔は、自分が持っているメッセージや世界観を一番魅力的な形で伝えられる手法が「映画」だと思っていました。観た人の心が揺さぶられるような何らかのエフェクトを与えたいと思っていたし、それを実現できる最高の形が映画だと信じていたんです。でも娯楽が増えたりや技術が進化したりしたことによって、いまの世の中の人たちに一番響くのは空間演出になってきているんじゃないかと思います。

もともと僕が映画を通して何をしたかったかというと、色々なジャンルのプロが集まって一つの作品を作る凄さを体験したかったんです。それは今の空間演出にも繋がっていると思います。


昨年10月、岐阜県多治見市にオープンした「TREE by NAKED tajimi」


そうした事業内容の変化に伴って組織も変わってきたと思いますが、いかがでしょうか。

まず、僕が所属しているチーム(ネイキッドでは「ゾーン」という)は、まさにここ数年の変化に合わせて求められるようになってきた機能を担っています。ネイキッドのクリエイターたちが表現したいことを具現化するために、技術や機材の面からクリエイティブを支えるゾーンです。いわゆる「道具」のような役割ですね。同じ人が同じことをやろうと思っていても、どんな道具を使うかによって効率や品質が変わりますよね。「ネイキッドが実現できること」の幅を広げられるように、選択肢は多ければ多いほどいい。「何を実現したいか」によって最適な道具を使えるようにしておくのが僕らの役割です。

ただ、今のうちのゾーンは技術や機能が属人的すぎるので、やりたいことに合わせてスタッフの選択肢ももっとあればいいなと思っています。例えば照明を扱うスタッフでいうと、みんな一定のレベルは保ちつつ、「派手なイメージならこの人」「厳かなイメージならこの人」というように得意どころがあって、それに合わせてアサインできるような状況が理想です。

・船本さんご自身の変化はありましたか。

ネイキッドに入社したばかりの頃はプレイヤーとしての意識が強かったのですが、リーダーとして若手の育成なども担当するようになり、自分のことを俯瞰的に見ることができるようになりました。例えば、いまでも撮影案件に関わることはあるのですが、正直なところ、プレイヤーとしての僕は「自分でカメラを回したい」という欲求がまだまだあります。でも、それをやると船本個人の欲求は満たせるかもしれないけれど、その反面、現場が回らなくなることもあるし、若手の成長機会も奪いかねない。なので、撮影現場でも自分はプレイヤーではなく撮影監督のような役割をしたり、全体を見てマネジメントしたりするようにしています。リーダーとしての自分は今やっていることに納得感やモチベーションも感じていますし、今の立場だからこその面白みもあります。

・今後はどんなことをやっていきたいですか。

入社した当時は想像もしていなかったことがやれているということに、とても可能性を感じています。会社としてもそうだし、僕個人としてもそう。カメラマンをやっていたはずが、いまではプロジェクターなどの機材やハード周りの設計・システム構築をやっています。でも、5年前はプロジェクターも触ったことがなかったし、いま一緒に仕事をしているお客さんも当時は知らなかった人ばかり。いま5年前の延長にいないということは、5年後も全く違うステージに行ける可能性があるということです。

本当にいまは色々な意味でチャンスだと思います。これまで想像すらできなかったことが、想像したり企画したりできるフェーズにはなってきている。だからこそ、人・もの・時間のバランスをよくしたいし、みんながチャレンジできる環境や状況というものを作りたいです。


船本 賢悟

バンタンデザイン研究所 映画映像学部卒業。フリーカメラマンを経て、2006年、ネイキッド入社。代表作は「ふるさとがえり」など。現在は撮影監督、および機材・ハード周りの設計やシステム構築を担当。

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