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元ウェディングプランナーが異業種のドベンチャーへ転職した理由

転職シリーズの第一回目は、ハワイと日本でウェディングプランナーとして活躍していた三浦真美さんに話を聞いてみました。なぜ異業種のしかもドベンチャーであるBLUEDに転職したのでしょうか。

-簡単に略歴をお願いします

大学卒業後は地元大分県のブライダル企業にウェディングプランナーとして就職しました。2年間勤めた後にずっと憧れだった海外で働きたいという夢を叶えるために、ハワイで一年半ウェディングコーディネーターとして勤めました。その後、紹介で東京にあるハワイウェディング専門会社へ転職をして4年半勤めました。2017年11月よりBLUEDメンバーとなり、今は留学カウンセラーと人事を兼任しています。

-新卒で地元のブライダル会社に就職したのですね。なぜその会社を選んだのですか?

先ず人とコミュニケーションをとることが好きという性格もあり、BtoCであるブライダル業界を選びました。九州で働くことは元々決めていたため、九州にあるブライダル会社を受けた時にその会社のチーム感を大切にするという理念に共感した点と社員さんが魅力的だったため就職をしました。福岡に本社があり大分支社と迷ったのですが、支配人の厳しくも愛のある人柄に惹かれて大分を選びました。海外で働くことを決めていたので、厳しくストイックに鍛えてくれる上司の下で働きたいと思いました。

-その会社ではどのような仕事を任されたのですか?

はじめは新規獲得の営業職ではなく、ご契約後から結婚式のプランニングまでを担当するプランナー職につきました。こちらのプランニングの仕事では多くのことを学びました。一生に一回のウェディングですので当然ミスは許されません。

ある結婚式では、お願いされていたプランが結婚式の当日に準備できておらず、お客様からの大クレームを頂いたことがありました。本当に自分でもその時のミスが忘れられず、今でも鮮明に覚えています。真摯に対応したことでそのお客様とは仲良くなり今でも連絡を取り合っていますが、プランナーという仕事のおかげで素早く的確に仕事を進める姿勢が身につきました。

-なぜ2年で退職したのですか?

次の仕事はハワイと決めていたため、ハワイで仕事をするにあたって日本での就労経験が2年以上必要だったからです。大分の会社にも2年後は仕事をやめて海外に行くことを伝えており、OKを頂いていました。円満で退職することもできたため、憧れのハワイで仕事を探しました。

-ハワイではどのような仕事を任されたのですか?

ハワイでもブライダル会社で1年半勤めました。ハワイでは結婚式当日の進行を主に行いました。新郎新婦がハワイにご到着されてから送迎へ上がり、翌日の結婚式プランを再確認して当日はお二人につきっきりで身の回りのお世話、司会進行、撮影などを行いました。

ハワイでは日本と海外の文化の違いに驚きました。日本のウェディングは分刻みでスケジュールを進めるのですが、ハワイでは撮影スタッフが平気で時間に遅れてくるため結婚式当日に困ったことが何度もありました。日本だとクレームになるのですが、ハワイでは時間の遅れもお客様が許してくれることが多かったです。お客様もハワイのゆったりと流れる時間を肌で感じていたからだと思います。

また日本では花嫁さん同士が会うことはタブーとされていて、バッティングするとクレームが入ります。それほど花嫁さんにとっては特別な日なのです。しかしハワイではバッティングをしても花嫁さん同士がお互いを祝う空気感がありました。日本ではタブーなこともハワイの環境がそれを許してしまう。私の中ではとても驚きでした。

-大分とハワイで仕事をしてチャレンジングだったことはありましたか?

大分の会社では、毎月一回コーチング大会があり月に数冊の本を読んで、その内容をどう仕事に繋げるのか社長の前で発表する場がありました。日々の業務に追われながら本を読む時間を作ることが大変だったのですが、社会人1年目で本を読みアウトプットに繋げる習慣が身についたことは非常に幸運でした。

また、ウェディングは300万円以上の高単価な無形商材であるため、自分の言葉を信じて頂きプランを進めて行く毎日がプレッシャーでした。

ハワイの場合は、当日いかに日本で作ってきたウェディングプラン以上のモノを提供できるかというプレッシャーがありました。また日本の場合は1日1組だった結婚式が、ハワイでは1日に3組以上続くこともあり体力が必要で集中を切らさないようにスピード感を持ってスケジュールを進めることもチャレンジングでした。

-なぜハワイに残らず東京のウェディング会社に転職したのですか?

ハワイに残るという選択肢もあったのですが、ところてん式の数をさばく結婚式に疑問を感じたこともあり、ビザを更新せずに帰国することを決意しました。帰国前にカメラマンさんから東京のウェディング会社の紹介のお話を頂いて、九州に帰るつもりだったので東京に出てくる気は全くなかったのですが、話だけでも聞いてみようと面接を受けてそのまま就職しました。

-東京での仕事はすぐに馴染みましたか?

ハワイでは数勝負のウェディングに対し東京の会社はオリジナルウェディングだったため、私の求めていた環境だったのですがオリジナルであるがゆえに仕事量が増えすぎてとにかく毎日業務に追われていました。その会社には4年半勤めました。

-なぜ異業種への転職を考えたのですか?

東京のウェディング会社で4年半勤めて、拡大思考の会社ではなかったため、4年半ずっと同じ業務を行なっていたことに焦りを感じ始めました。30歳手前という年齢も気になって、動くなら今しかないと思いもっと成長できる環境へ行こうと決心しました。

-BLUEDの代表と面談をして入社までの間どんな印象を持っていましたか?

アットホームで代表のインタビュー情報や社員のSNSを見て凄くチーム力が強いことや、社員さんも色々な経験をされている方が多く面白そうで、純粋にこういう人たちと働いてみたいなと思いました。面接の帰りにルンルンしていたことを覚えています笑

また、BLUEDで仕事をすれば自分で事業を起こせるくらいの力がつくだろうと思い、父も兄も経営者ということもあり私も会社をやる力をつけたいと思いました。

-BLUEDでは何の仕事をされていますか?

今は、主に留学カウンセリングという営業職についています。お問合せを増やす施策から、留学説明会の調整、電話アポイントメントや個別カウンセリング、ご契約後のカスタマーサポートまでを担当しています。

分業ではなく各カウンセラーがイコールパートナーとして留学カウンセリングからカスタマーサポートまで行い、業務の幅が広いため時間対効果や優先順位の付け方を意識することが重要だなと痛感しています。

-BLUEDに入社前と入社後で印象が変わったことはありますか?

予想はしていたのですが、想像以上にスタッフ全員がストイックなことに驚きました。バイトさん含め、これだけ全員がストイックでアウトプットを意識している会社は初めて見ました。

30歳から当たり前のレベルを変えることは本当に大変なのですが、日々自分の課題が見つかって、これだけ多くの課題と向き合っていくことが今までなかったことなのでその部分は楽しさでもあります。また、チーム全員がなんとかして私が成長できるように協力してくれるのでありがたいですし嬉しいです。

-中途入社を検討している方に伝えたいことはありますか?

私は違う業種でも今までの経験があるからできるだろうと思っていた部分があって、それが一回崩れている今なのですが、そこで諦めてしまうこともあると思います。

私は絶対に諦めませんが、そういった状況も起きる可能性があるという覚悟を持って、是非新しいフィールドにチャレンジして貰いたいです。検討をしているのであれば、少しでも大変な方の選択肢を選んだ方が成長できると思います。勇気を持って飛び込んで来てほしいです。

-最後に三浦さんはこれからどうなりたいですか?

私はもっとメンタルを強くして逆境に強くなりたいです。あとは、得意なことだけやっていると、苦手なこともやらないといけない環境では通用しなくなるので、苦手な仕事にも積極的にチャレンジしたいと思います。

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