元偏差値37。自分に価値を見い出せなかった僕が、新卒で入った大手消費財メーカーを1年で辞めて、Wantedlyに入った理由。

「リスクはあるけど人生の大半を占める仕事を自分で意思決定してコントロールしたい」

Wantedlyで働く人を紹介する「Wantedlyの中の人」。

今回紹介するのは、パリッと固めた髪型とスーツがピタリと似合うアカウントセールスの松山さん。高校時代バイトに入れ込んだせいで偏差値が37まで落ちてしまい、死ぬ気で入った大学でも挫折を味わった彼が、いま地方と東京の架け橋となりたいとシゴトに熱狂している理由を伺いました。

現状のままでいいの?と不安に思っている方の助けになれば幸いです。



Be動詞と一般動詞の違いすらわからなかった高校時代

小中学校の頃は典型的な負けず嫌いな男の子でした。ただそれは、スポーツやゲームなど遊びに限った話。勉強はというと、小学校の頃赤点をとった生徒が受ける補修授業を途中抜けしてしまうくらい嫌いでした。小中とろくに勉強をせず遊んでいたので、進学した高校の偏差値は45。でも、自分としては、「留年しなければいいや」という気持ちでしたし、親も勉強に関して特に口出しをしてくるようなこともありませんでした。

そんな風に過ごしていた高校2年生のある日、父親から「バイトくらいしたらどうだ?」と言われたんです。

「学校の勉強ができたからって社会でうまくいくとも限らないし、学校の成績が悪くても、社会で活躍している人もいる。早めの社会勉強だと思ってやってみるのもいいんじゃないか」と。

それもそうだなと思って、飲食店でバイトを始めました。初めてのバイトは学校では経験できないことばかり。新しい友だちも増え、勉強はどんどんそっちのけに。いつの間にか偏差値が37まで落ちていたんです。

そんな折に、友人から「今度の定期テストで点数の勝負をしよう」と持ちかけられました。勝負に負けたら何か奢るっていうよくあるやつです。軽い気持ちで了承したのですが、もちろん自分が一番勉強できないんで、いつも負けるんですよね。友達にも毎回馬鹿にされていました。テストの点数も下がる一方。さすがにこのままではまずいなと思ったのと、これ以上負けて馬鹿にされるのはもう嫌だと思い、次のテストで、自分から友達に勝負を申し出ました。

絶対に負けたくなかったので、15年間の人生で一番勉強したんじゃないでしょうか。その甲斐もあってか、次のテストがクラスで上から3番目だったんですね。高校の偏差値は45なんですけど、それが自分の中で小さな成功体験になって、自分はもっと勉強できるかもって思えるようになったんです。それ以来、少しは真面目に勉強をするようになり、定期テストでも毎回ずっと3番以内をキープできる様になりました。

勉強ができるようになってくると、今度は前なら難しいなと思っていた大学にも行けるかもしれない、と思うようになりました。受験に本腰を入れ始める、高3の春のことです。気合を入れるきっかけとなったのは、ずっと尊敬している英語の先生から、”自分の高校からでも一般入試で関関同立に合格した人が数人いる”ということを聞いたことでした。



もしかしたら自分もいけるんじゃないかって思って、担任の先生に「おれ、関関同立行きます! 今からでも間に合いますか」って聞いたんです。先生からは「相当頑張らないといけないなぁ」って言われたんですけど、そんな簡単に諦めたくはないと思って、とりあえず我流で勉強を始めました。塾とかもたまに通っていたのですが、17年間のツケをそんな簡単には取り返せず。恥ずかしい話ですが、本腰を入れ始めた頃はBe動詞と一般動詞の違いすらわかっていなかったんですね。だから、当然現役時代は落ちてしまいました。

ただ、合格しなかったことが悔しくて、親を説得して、浪人させてもらい、1日12時間くらい勉強していました。浪人時代も全統模試では12月までずっとE判定。それでも「自分は模試に弱いだけだから」といい聞かせ愚直に赤本を解き続けた結果、最終的には関西学院と同志社へ合格することができました。

自分の価値とはなにかを考えた大学時代

志望校に合格でき、浮かれ気分で浪人の一年間を取り戻すように遊んで大学1年生を過ごしていたのですが、同じく浪人して入ってきた友達との差に徐々に焦りを感じるようになりました。彼らが早慶や国立に落ちて、悔しい気持ちを胸に自分と同じ大学に来ているのに対し、自分は付け焼き刃で大学に来てフラフラしている。


(大学時代の松山くん)

これから何を目標にすればいいのか。このまま卒業しても自分に価値はない。かといって大学の勉強を頑張れる自信が無い。焦りに押しつぶされる前に、何か自分の武器になるものを探そうと思い、いくつかの候補を見ていった中出会ったのが「長期インターン」でした。

そう思ったのは良いのですが、関西にはまだ長期インターンの文化がほとんどなかったので、東京まで夜行バスで行って企業をいくつか訪問するところからスタートでした。しかし、長期インターンを募集しているのはITベンチャーばかり。当時なんにも知識が無かった自分はそれぞれの会社が一体なにをするのか全く想像ができず、結局どこに行くこともなく関西に戻りました。

そんな中、たまたま関西で一つだけ長期インターンを募集している会社を見つけたんです。しかもその会社のやっていることが「関西にインターンシップを広める」事業でした。自分自身、関東と関西の学生の差は東京に行って感じており、自分の仕事が、関西の学生にも貢献できるんじゃないかと思い、その会社でインターンシップをすることを決めました。

雑居ビルの中、働く楽しさを知った5人だけのベンチャー生活

雑居ビルが立ち並ぶ新大阪の年季の入ったマンションの一室がそのベンチャーのオフィスでした。扉の右横にコピー用紙が貼ってあり、そこに会社名が書かれていました。扉を開けると、普通のマンションの一室に机と椅子が並べてあり、その横に敷いてある布団に社員の方が寝ていました。これがベンチャーなのかと思って、ワクワクしたことを覚えています。

日給3000円という端から見たら超ブラックな環境で始まったインターン生活でしたが、そこで過ごした1年半は、僕の中でとてもかけがえのないものとなりました。5人しかいないメンバーが同じ方向を向いて走っている空間は、毎日がお祭りのような日々でした。

特に思い出に残っているのは、関西支社のオフィスが移転した時です。

雑居ビルの一角から、オフィスっぽいとこに移転したいよねって話が持ち上がり、本社からも「これくらいの目標を達成したら移転していいよ」と許可が降りたんです。

しかし、月末の残り3営業日で達成まであと20%足りないという状況でした。それでも誰一人として諦めず、飛び込みでもなんでもいいからと、大阪中をかけずりまわりました。僕も新規で何件か契約をとり、同じように他のメンバーも売上をあげて、結果的に120%くらいで目標達成したんですね。ギリギリまで踏ん張って、目標に対して足並み揃えて走りきり、最後に達成した瞬間は、思わずオフィス叫んだくらい嬉しかったですね。


(当時の関西支社メンバーと。松山くん若さが残ります)

そもそも、関西には東京のようにベンチャーが沢山あるわけではなく、昔からある受託とか、中小企業気質のものづくりの会社が多く、新しいものを受け入れてくれる文化はまだ発展途上でした。

だから営業していたときも、熱量勝負。なぜインターンを広めたいのか。どうしてインターン生を採用することが、企業にとって有益になるのか。何回も訪問して、相手の心が開くまで扉を叩き続ける。そしたら、「そんだけ言うならやってみるよ」っていう会社様もぽつぽつと出始めるようになって。

そこから「一番簡単な仕事でどんなところから任せていけますか」、「もうワンステップはできますか?」みたいな感じで、仕事を引き出して、一緒にインターンの仕組みづくりまでやっていました。

でも、実際採用が全くうまくいかず、「解約させろ!」と社長に怒られたこともあったりして。社長とは音信不通にはなるわ、入金はしてもらえないわで飛び込みで謝りにいったりして辛い時期もありましたが。それも今ではいい思い出ですね。

社会人1年目、物足りなさを感じる

インターンをしていた会社が好きで、そこで就職しても良いとすら思っていました。ところが、とある大企業に買収されてしまい、先輩方がみんな辞めてしまったんです。それが就職活動に向き合うきっかけになりました。

ベンチャーにずっと行きたいと思っていたし、実際大手は違うかなと思っていました。ただ、何も知らずにそう考えるのも良くないと思い、面接を受け始めました。

いくつか内定をもらった中で最終的に大手消費財メーカーに入社することを決めました。決めた理由は見てきたメーカーの中でも、良くも悪くも人が穏やかだと思ったから。当時のキャッチコピーが「常識に牙を向け」。穏やかだからこそ尖った人材をとっていこうと銘打っていたので、ここでなら若い頃から活躍できるかもしれない、そんな期待がありました。

実際入社してみると、確かに穏やかだったのですが、ベンチャーでの怒涛の日々を経験した自分にとっては少々物足りなさを感じました。細分化された領域の一端しか担えないし、なにより自分の力よりブランド力で製品が売れていくかどうかが決まってしまう。

ベンチャーで働いている時は、ニーズを生み出してどう売るかを試行錯誤していたことを考えると、1つの会社でしか通用しない営業力が身についても、この先保証が無いなと思いました。



なにより、仕事の大半の意思決定を会社に委ねるのが怖かった。行う仕事、働く環境、住む場所などを会社に決められてしまうよりは、リスクはあるけど人生の大半を占める仕事を自分で意思決定してコントロールしたいと思いました

結局ベンチャーで働いていたときの充実感が忘れられず、1年も経たないうちに転職を決意しました。

「誰が言ったかより、何を言ったか」に惹かれた

ウォンテッドリーに転職した決め手は、面談の中で人事部長の大谷から「誰が言ったかよりも何を言ったかが大事だから」と言われたこと。実際に働く中でも、それは感じます。

例えば、僕は入社後ずっとインバウンドで営業をしていたのですが、インバウンドだけでは商談数が伸びないことを課題に感じていました。そこで「アウトバウンドでこっちから知らない企業にアプローチしてもいいのでは?」と入って2,3ヶ月目くらいでリーダーに提案したんです。そしたら1ヶ月半後くらいにアウトバウンドの営業をやることが決まっていて、外出用の携帯とかも準備されていました。


(ビジネスチームメンバー達と!)

本気でやりたいという熱意とロジカルな説明力があれば、年次関係なくそれを受け入れてもらえるんだ、という環境には驚きました。自分とリーダーとのキャッチボールで提案が完結するのは、大手では普通ありえません。自分の意見が課長とかを通すと、最終的に1割くらいになって戻ってくる。自律して、挑戦していく姿勢があれば、ここなら本当になんでもできるんだと、そう思いました。

今の仕事の一番のやりがいは、採用を通じて企業の成長に貢献できること。

自分が担当した企業が成長し、将来的に社会へ良い影響を与えるその最初のサポートをしていると思うと、とても大きな仕事をしているのだなと感じます。

特に思い出に残っているのが、資金調達のタイミングで経理や総務の方を採用したいとおっしゃていた企業様。資金調達が忙しくて、採用になかなか時間が割けないけど、それでも人を採らないといけない、といった状況。週1くらいで定期的に連絡をしつつ、御社だったらこういう使い方がどうでしょう、という話をしていました。

どう採用していくかの戦略が固まってきた頃、代表の方からこんなメールが届いたんです。

実は他のサービスも見ようと思っていたんですが、松山さんが毎回親身になって相談に乗ってくれて、有料化のタイミングまで考えて提案してくれたので、御社一本でいこうときめました。

これを読んだ時は思わず心の中で飛び跳ねましたね。

それまでは、「売りたい!」みたいな気持ちが強くて、マネージャーからも怒られていたんです。このクライアントさんとの出会いをきっかけに「本当に会社のためになるのはどんなことだろう」ということを考えるようになり、自然と売上も上がるようになりました。まずは相手の得を考える。当たり前だけど忘れがちになることを、このクライアント様から教えていただきました。

地方と東京の架け橋になりたい

今後の目標は地方と東京の距離を縮めること。

学生の頃から地方と東京の格差は課題に思っていました。地方企業ってなんか元気ないなと。

例えば、大阪でも熱い思いで人を育てようにしているところ企業は沢山あって、ベンチャーほどスピード感ないけど、そういった環境に合う人もいると思ってます。アピールがあまり上手くない会社でも、良い人と出会えるようにサポートをしたい。



そして、地方でも誰もが良い働き方ができるようになって、日本全体のプレゼンスが上がっていけば良いなと思っています。インターンをする学生の数もどんどん増やしていきたいです。

ウォンテッドリーを通じて、それを実現することができたら最高ですね。
そして、それを一緒に成し遂げる方ももちろん、お待ちしております!


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